中学歴史の江戸時代後期(化政文化・天保の改革など)まとめ

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中学歴史の江戸時代後期(化政文化・天保の改革など)まとめです。江戸末期となり、外国からの日本への接近や天保の改革の失敗などで幕末を迎えるまでのことをまとめています。それでは、中学歴史の江戸時代後期(化政文化・天保の改革など)まとめをみていきましょう。

化政文化

幕府が奨励した朱子学のほか、国学・蘭学が発達した。化政文化は、19世紀の初めの江戸の庶民が担い手となった大衆文化である。教育の広がり、寺子屋や私塾が、庶民に教育を広めた。江戸時代後半、文化の中心は上方から江戸に移り、庶民の間の教育が普及しました。

  • 国学…日本の古典を研究する学問。
  • 本居宣長…日本の古典を研究。「古事記伝」を著す。
  • 蘭学…オランダ語を通じ、ヨーロッパ文化を研究する学問。
  • 杉田玄白…ヨーロッパの解剖書を翻訳し、「解体新書」出版。
  • 伊能忠敬…全国の海岸線を測量。正確な日本地図を作る。
  • 寺子屋…町や農村で、庶民に実用知識を教える。
  • 藩校…藩がつくった、武士の人材育成のための学校。
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外国船の襲来

通商を求めて日本に接近する欧米諸国の船が増えた。しかし、幕府は外国からの接触を拒絶し鎖国政策を続けた。

  • 外国船の接近…19世紀になるとロシア・イギリス・アメリカの船が日本に近づくようになった。
  • 異国船打払令…1825年沿岸防護と外国船追放が目的。外国船の打ち払いを批判した学者は厳しく処罰された。
  • 大塩の乱…1837年大塩平八郎が天保の飢饉に対する奉行所の対応不満として起こした反乱。

天保の改革

  • 天保の改革老中水野忠邦が実施。倹約令で庶民の贅沢を禁止した。しかしながら、江戸・大阪周辺の農村を幕領にしようとしたが、大名・旗本が強く反対。天保の改革は失敗に終わる。
  • 株仲間の解散…物価の引き下げが目的
  • 雄藩…藩政改革通じて財政建て直しに成功し、政治的な発言力をつけた藩。薩摩藩・肥前藩・長州藩など。

享保・寛政の改革につづき、天保の改革も失敗に終わった。

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