中学歴史「日露戦争のポイントまとめ」

中学歴史「日露戦争のポイントまとめ」です。欧米列強の侵略を受けてきた清では、外国人排斥の運動が高まってきた。このころ、中国の秘密結社である義和団という宗教団体が「扶清滅洋(清を助けて西洋人を追いはらう)」と唱えて民衆の支持を得て、外国人排斥の運動を進めていた。

■義和団事件
列強の中国分裂に反発して蜂起した義和団を日本を中心とする連合軍が鎮圧した事件。
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日露戦争の概要

ロシアの南下・日本の大陸進出という2つの政策が満州・韓国をむぐって衝突し、対立がより深まっていった。戦争の危機が迫る中、日本では、新聞・雑誌などは主戦論を展開し、三国干渉の影響もあって、主戦論が圧倒的になり、開戦。1904年に始まりその後、日本は物資が不足し、ロシアの国内は混乱して、両国とも戦争の継続が難しくなり、1905年に締結。日露戦争で苦戦を重ねながら勝利をおさめたカタチ。

■日英同盟
1902年ロシアに対抗する日本と中国の利権拡大を狙うイギリスが結んだ同盟。

ポーツマス条約

1905年アメリカの仲介で結ばれた日露戦争の講和条約。中国進出をはかろうとするアメリカ合衆国は、日本・ロシアのどちらかの一方の決定的な勝利を望まなかった。そこで、ル-ズベルト大統領が講和を仲介した。

ロシアは、
・韓国における日本の優越権を認める。
・遼東半島の租借権を日本に認める。
・南満州鉄道の権利を日本に譲る。
・樺太の南半分を日本の領土とすること。

日比谷焼き討ち事件

日露戦争の犠牲の大きさに対し賠償金が得られないことから国民がおこした暴動。日本は列強としての地位を固め、大陸の進出を狙う。

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