中学歴史の「第5代将軍綱吉の政治」のまとめ

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中学歴史の「第5代将軍綱吉の政治」についてまとめています。

綱吉の政治

5代将軍徳川綱吉は、湯島(現在の東京都文京区)に孔子をまつる聖堂を移して、朱子学(儒学の一派)を幕府公認として、学問や道理にもとづく文治政治を行いました。

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文治政治の背景

それまで、江戸時代初期には、武力でおさめる武断政治が行われていました。多くの大名が取りつぶされて牢人が増加していました。これらの牢人の中には、幕府を倒そうとする者が現れ、社会不安が引き起こされました。その例が、由井正雪の乱です。そこで、幕府は、武断政治を改めるに至りました。

また、綱吉は生類憐みの令を次々と出して、とくに犬を保護したことから「犬公方」とよばれて、人々の反感をかいました。生類憐みの令とは、極端な動物愛護令でした。動物を殺すことや食べるために飼うことを禁止しました。

このころの風潮

1657年に明暦の大火の被害に加えて、寺院建築に多額の費用を使ったことなどで財政がひっ迫していました。そのうえ、これらに、金銀の産出量が減ったことが財政難に拍車をかけました。そこで、幕府が貨幣の質を落として、発光量を増やしたため、かえって物価が上昇し、人々を苦しめることになりました。

まとめ

  • 朱子学を官学として、湯島に聖堂を建立。
  • 生類憐みの令…病気の生類を捨てることを禁じ、食料のために魚、鳥、亀、貝を売ることを禁止。
  • 貨幣改鋳…低品位で大量発行。しかし、低品位貨幣では同額面では売りたくないため物価が上昇。

あわせて確認

以上が、中学歴史の「第5代将軍綱吉の政治」のまとめです。

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