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中学歴史「縄文時代と弥生時代のポイント」

縄文・弥生時代に関する練習問題です。学習のポイントは、縄文時代から弥生時代との違いを比べながら学習することです。それでは、中学歴史の「縄文・弥生時代」のまとめ・練習問題です。

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縄文時代のポイント

氷河時代が終わり現在の日本列島が形成された。日本列島の形成は、氷が溶けて海面が上がったため、大陸の一部が島となり、現在の日本列島がほぼ完成した。

  • 縄文時代…土器を使って食物を煮たりして食べるようになり、縄文文化がおこった。
  • 縄文土器…厚手で網目の模様がある黒褐色の土器。

縄文時代の人々のくらし

狩猟、採集のほか、植物の栽培が始まる。約1万3000年前から紀元前5~4世紀ごろまでの約1万年間を縄文時代という。大陸における新石器時代に対応するが、まだ牧畜などの段階には入っていない。血のつながり(血縁)のある人々が、わき水のある台地や山ろくなどに竪穴住居を建てて住み、20人~30人ほどの小さな集団で 共同生活をしていた。集落の中央には広場を設け、集会を行っていたと考えられる。

人々は、木の実や植物の根を採集し、弓矢や石器・骨角器などを使って狩りや漁を行い、獲物は公平に分けあい、道具も共同で使っていたようである。

  • 竪穴住居…地面を掘り柱を立てた上に屋根をかける住居。
  • 貝塚…海岸などの食べ物の残りかすなどを捨てた場所。
  • 土偶…魔除け、食物の実りを祈るために作られた。
  • 遺跡…三内丸山遺跡など。調理などのための土器が作られるになったことなどがわかる。

三内丸山遺跡

三内丸山遺跡(青森県)では発掘調査によって、クリやゴボウ・豆類・ヒョウタンなどが栽培されたことがわかり、遠くの地域と物々交換が行われていた。

貝塚

九州北部の板付遺跡福岡県)・菜畑遺跡(佐賀県)などでは水田の跡が見つかり、縄文時代の終わりごろには,農耕が始まったことがわかる。集落の近くには貝塚が見られるが、人々が食べた貝類のから、けもの・魚の骨, 不用になった道具などが捨てられてできた遺跡である。そこに死者を理葬することもあり、人々のくらしのようすや当時の海岸線などを知ることができる。

発掘調査

日本で初めての貝塚の発掘調査は、1877年に行われた。アメリカ合衆国の動物学者モースが東京大学教授として着任にするときに、横浜から新橋へ向かう汽車の窓から大森貝塚 (東京都大田区・品川区)を発見したことがきっかけである。

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縄文時代の道具

縄文時代になると、石をするどく磨いた磨製石器がつくられるようになり、これまでの打製石器と併用されるようになった。また、けものの角や魚の骨でつくった釣針・もりなどの骨角器が使われ、丸木舟や弓矢などもつくられるようになった。

縄文時代の道具の大きな特色

粘土を焼いてつくった 土器が出現したことである。黒褐色をした厚手のものが多く、表面に縄などを転がして文様をつけたものが多く見ら れることから、縄文土器とよばれている。

縄文土器は食べ物の煮炊きや,貯蔵などに使用された。 またドングリなどのあく抜きをしたり、火を通すことで食べ物を殺菌することが可能になったため、土器のおかげで、人々の食生活は豊かになった。

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弥生時代のポイント

大陸から稲作が伝わり、弥生文化がおこった。弥生時代は、紀元前4世紀ごろ大陸から日本に移り住んだ人々が稲作を伝え、弥生文化がおこった。

  • 弥生土器…薄手でかための赤褐色の土器。
  • 稲作…九州に伝えられ、東日本に広まる。石包丁を使用。
  • 高床倉庫…収穫した米を蓄える場所。

弥生時代の金属器

稲作とともに日本に伝えられた。

  • 青銅器…銅剣、銅矛、銅鏡、銅鐸など祭りの道具。
  • 鉄器…武器、工具として使用。

弥生時代の遺跡

  • 登呂遺跡、吉野ヶ里遺跡など。大陸から稲作とともに青銅器などの金属器が伝わったことがわかる。

確認中学歴史「縄文・弥生時代についての一問一答」

コメント

  1. […] 中学歴史の「縄文・弥生時代」のまとめ・練習問題 […]